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有限会社 都農ワイン
都農ワインの地域開発(7):スパークリングワインのラベルに込めた思い
■スパークリングワインのラベルに込めた思い
 国産ワインの取り囲まれた状況は非常に厳しい。課税移出数量を見ると、国産ワインは平成4年には50%のシェアを確保していたが、平成14年には39%と、ここ10年間で激減している。このことは何を意味しているか。酒屋の棚から、国産ワインが猛烈な勢いで駆逐されているのだ。国産ワインの存在意義を問われている時代のまっただ中に我々はいるのである。都農ワインも例外ではない。私たちもその答えを見出しているわけではない。が、『地元産100%のぶどうのこだわり』、『独自の栽培方法』、『地元貢献・コミュニティービジネスとしての発想』、これらの中に、私たちのような地方の無名なワイナリーが生き残るための、方策の糸口が隠れているような気がしてならない。
 筆者の能力不足で断片的な事象しか説明出来なかったが(しかも情緒的に!)、都農ワインがWine Report 2004 に掲載されまでには、それなりの背景があったことを感じて頂ければ幸いである。
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 平成15年より、キャンベル・アーリーのスパークリングワインを製造している。最後に、このラベルに込められた思いを述べてみたい。
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『ひとりの夢がみんなの夢に』という意味で、英文の『A DREAM SHARED BY ALL』をラベルに記した。今からおよそ50年前に、永友百治翁が『田んぼん、木を植ゆる馬鹿がおるげな』と周りからさげすまれながらもぶどう栽培を始める。そのぶどう栽培が、やがて都農町一帯に広がり、私たちの父の代に受け継がれ、彼らの夢であったワイナリーが建設された。そして、私たちはそのワイナリーから、さらなる夢を語り、その夢を地域の夢につなげたいと思っている。私たちは、夢追い人である・・・。
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# by tsunowine33 | 2006-05-30 13:45 | コミュニティービジネス
都農ワインの地域開発(6):地元貢献、そしてコミュニティービジネスとしての発想
■地元貢献、そしてコミュニティービジネスとしての発想
 都農ワインの理念は、地元都農町の貢献にあると私たちは考えている。都農ワインの都農町への直接的な経済効果として、ぶどう買い上げ、地場産品の売上、都農町のへの寄付が挙げられる。開業以来8年間のこれらの合計は6億6千万円に達した。
 
 このような直接的経済効果の他に、前述したように、都農町が取り組んでいる循環型農業に積極的に協力し、都農町の農産物のイメージアップに一役買っている。また、県内外における都農町からの発信という意味で都農ワインは大きな役割を果たしている。
 平成16年7月から『うめワイン』を販売している。都農町の山あいに、轟と立野という地区がある。そこは、以前はみかんの産地であったが、梅の改植がすすみ、梅の産地を形成するに至った。その梅でワインを製造した。試験醸造をしてみると、梅は酸の含有量が高く、醸造酒に向いていることに気付く。試験醸造したワインも好評のことから、今年から本格的に製造販売を開始した。まだまだ、品質改良の余地を残しているが、このうめワインの持つ意味は大きいと考えている。
 
 コミュニティービジネスという言葉がある。コミュニティービジネスには様々な解釈があるようであるが、地域に埋もれている潜在的な人材、資源を生かすビジネスと言えるのではないだろうか。

 ぶどう以外で作ったワインを馬鹿にする風潮は確かに存在する。しかし、都農ワインはコミュニティービジネスそのもの実践してきたのだ。作り手である私たちが、誰から命令されるのではなく、梅からワインを作りたいのだ。そう考えると、うめワインを醸造することにためらいは無くなっていた。うめワインでワイン屋の腕を見せてやろうとさえ思うようになった。都農町には様々な資源がある。そう思うと、都農町は宝の山に見えてきた。コミュニティービジネスの発想を大切にしたい。
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# by tsunowine33 | 2006-05-30 13:41 | コミュニティービジネス
都農ワインの地域開発(5):独自の栽培方法
■独自の栽培方法
 都農町はぶどう栽培に恵まれた土地ではない。先達たちは、地が浅く田んぼに向かない土地だからこそ、換金手段を求め、ぶどう栽培を始めた。昨年の降水量は3000mmを超えた。台風もやって来る。今年は、牧内生産組合の赤品種は台風で全滅した。
 その中で、私たちは一筋の光明を見出そうとしている。それは、土壌作りによるぶどう栽培である。
 
 牧内生産組合のぶどう畑は“黒ぼく”と呼ばれる火山灰土。非常にやせた土地である。ぶどうは、一般的にやせた土地で良く育つと言われるが、私たちはやせた土地と言う意味を取り違えていたかもしれない。従来の方法でワイン専用種を栽培してもうまくいかない。おまけに、ここは年間降水量が3000mmを超えるようなところである。ひどいものになる幼木のうちから枯死する。そこに、地元の有機栽培研究会のリーダー、三輪 晋氏と出会うことになる。彼の勧めに従って土壌分析をしてみると、極端にミネラル分が少ないことに気付く。彼らも都農町の黒ぼく土壌に苦労していた。その一つの答えが、土壌作りだった。
 
 私たちは、積極的に堆肥を利用している。堆肥を投入し、土壌の団粒構造を作り、ぶどうの毛細根が発育しやすい環境を作る。それによって健全なぶどう樹木、ぶどう果実が得られるという考え方である。従来の栽培法では、堆肥は窒素分、カリウムが過剰になるとして、積極的には利用しない。また、根の成長は栄養成長に走る(実をつけずに枝ばかり伸びること)として嫌う。
 結果として、健全なぶどう樹木が増えて、農薬の散布量が減った。特にベト病の予防薬であるボルドー液は、今では散布していない。
 
 この農法で作られた都農ワインのシャルドネは、山梨などのものと比較しても引けを取らない品質のものが出来ていると思っている。大言壮語に過ぎるかもしれないが、私は、この農法に、ワイン専用種の栽培は日本では不向きであるという、“宿命的風土論” を打ち破るヒントが隠されているのではないかと思っている。
 
 その後、三輪 晋氏らの研究会は、町外の色々なグループと交流を重ね、牧内生産組合のぶどう畑は、彼らの実証圃と化した。そして彼らの技術に目をつけた行政は、堆肥化プラントをワイナリー敷地内に建設。町内の生ごみを集め、循環型農業の実践が始まり、なんと、その堆肥で作られた野菜の販売を大手スーパーと契約するまでになっている。
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# by tsunowine33 | 2006-05-30 13:37 | コミュニティービジネス
都農ワインの地域開発(4):地元産100%のぶどうのこだわり
■地元産100%のぶどうのこだわり
 平成8年、オープンして1ヶ月足らずで、製造した3万5千本の新酒が売り切れた。そこで、海外のぶどうを輸入してワインを製造してはどうかという議論が起きた。その当時、私の心情を綴ったものがあるので一部引用してみたい。
 
 『以前、私は3年間程、ブラジル最南端のリブラメントという町でワイン醸造に従事していた。約100haの自社農園でぶどうを栽培し、農園で生産されたぶどうのみを原料に、いわゆるエステート、ドメーヌという形でワインを醸造していた。わずかに3年間という期間であったが、醸造技術者として珠玉の時を過ごしたと思っている。
当たり前のことだが、ワインはぶどうを原料にしている。ぶどうは貯蔵が効かないので、必然的にぶどうの収穫時期に仕込が集中する。と言うより、ワインの仕込とは、ぶどうを液体で収穫することに近いかもしれない。そして、ぶどうの品質、収量は天候に左右される。また、ワイン醸造は糖化という工程が無い分、ぶどうの品質がワインのそれに直接反映される。ワインの醸造には種々のテクニックが存在しているが、収穫されたぶどうのポテンシャルと比べたら、けし粒のように小さい。ぶどう栽培という風土を抜きにしたワイン作りは、ワインに輝きを失わせてしまう。このように考えていくと、ワイン醸造とは工業というより農業の一部として捉えた方が分かりやすい。
 幸いにも、昨年製造したワインは完売した。そこで議論が起きた。ぶどうを輸入してでもワインを作るべきだと言う意見もあったのは事実である。しかし、経営陣が選択した道は経営的に痛みの伴う “100%尾鈴ぶどうのこだわり” だった。
 安定供給という意味で、消費者の皆様にご迷惑をおかけしているが、弊社経営陣が取った大英断を私は誇りにしている。また、その決断を快く受け入れて下さった都農町の皆様に感謝している。
私の傍らには、いつも優秀な栽培技術者のパートナーがいた。栽培の苦労は身近で見てきた。そして、都農町では、先達の人々がぶどう栽培の敵地とは言い難い土地で苦労し、栽培技術を磨くことで、ぶどうの一大生産地に築き上げたのである。ここ都農町では、農業を軽視したワイン作りは、都農ワインの存在を無意味なものにしてしまう。
我々、醸造に携わる人間の役割とは、生産者の方々が丹精込めて育てたぶどうを間違いなくワインにし、消費者の方々に喜んで頂くことと認識している。そして、我々醸造の人間も積極的に畑に出てぶどう栽培に参加しなければならないものと考えている。』(情報みやざき No.186 1997/8・9、経営雑感より)

  この文章は、若さゆえ書けたものだと思っている。今読み返すと、非常に気恥ずかしい。しかし、その当時のワイン対する純粋な思いがよく表れている。
 今では、地産地消は当たり前のことだが、その当時は、なかなか理解してくれなく、テレビ局でさえ、供給できない都農町の行政責任というような切り口の取材があった程である。
 
 私は、ワインは本来、地酒であるべきだと考えている。ワインの供給はナショナルブランドが行えばよい。私たちはこの都農町の風土をワインで表現したいのだ。
 結果的に、地元のぶどうにこだわったことにより、地元ぶどう生産者たちとの絆が出来、なにより消費者の方々の信用を勝ち得たのではないかと考えている。
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# by tsunowine33 | 2006-05-30 13:35
都農ワインの地域開発(3):都農ワインプロフィール
■都農ワインプロフィール
 都農ワインは、平成6年、都農町、尾鈴農協、地元企業などが出資・設立した、いわゆる第3セクター方式のワイナリーである。平成8年より、果実酒醸造免許を取得、ワイン製造販売を開始した。出資金9,700万円、従業員7名、平成16年度度実績で、製造本数が約22万本、売上金額が約3億円(うちワイン2億6千万円)、経常利益が約2,800万の小規模のワイナリーである。
原料ぶどうはすべて、地元産。原料ぶどうの買い上げは昨年度実績で約220トン。そのうち地元ぶどう生産者からJA尾鈴を通して買い上げているキャンベル・アーリーが130トン、マスカット・ベリーAが60トンである。ほとんどのキャンベル・アーリーとマスカット・ベリーAは新酒として売り出され、新酒販売の割合が非常に高いのが特徴である。残りの30トンはシャルドネなどのワイン専用種である。ワイン専用種は牧内農業生産組合(以下牧内生産組合と略)から買い上げている。牧内生産組合は都農ワインにワイン専用種を供給するために設立された農業生産法人である。
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# by tsunowine33 | 2006-05-30 13:33 | コミュニティービジネス

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